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2005年4月

ジブチよりの手紙

 今日は近況報告を大学の先輩に書いた際に、長編大作になったんでblogにものせてみました。

 4/7に日本を離れ4/10にここジブチに着きました。こちらでの生活もはや2週間を過ぎました。

フランス語は完璧ではないので、何度も聞き返したり、あとで大きな勘違いをしていたことに気づく毎日です。
 今のところ、お腹を壊すということもないです。水は淡水化したものなので飲んでも腹を壊すことはないのですが、淡水化が完璧でないのでしょっぱくて、茹でたりラーメンを作ることくらいにしか使えません。

 
 あ、書くのを忘れていましたが、私はただいま内務省人口局というところに4/23から勤めています。あと、語学学校には4/16から週4回を3週間通います。午前は仕事、午後は語学と大変です。
 仕事は前任者の方が作ったACCESSベースの出生届などのシステムの改良や他の紙ベースでやってる仕事をコンピュータ化、それにネットワーク化やOFFICEアプリケーションを教えるなどです。
 現状は現システムのバグ取りや、仕様書がないのでそれを作ろうかと考えてます。

 風習はやっぱり全然違いますね。
 まず言語。バス(日本だと10人乗り位のところ、14人のりに改造)に乗ったら、現地語のソマリ語しか分からない人たちもざらです。フランス語が分かる人だとうれしく、この前英語が分かる人がいたときは嬉しくていろいろ話してしまいました。

 棲家は先週木曜に政府提供のアパルトモンに引っ越しました。それまでは、JOCV(青年海外協力隊)隊員連絡所付属のドミトリーにいました。ま、引越ししたといっても、連絡所もアパルトモンも職場も全部首都のジブチシティなんで、そんなに離れてませんけど。

 あ、そうそう、ここジブチ共和国にはJOCV隊員は現在8人います。今いる隊員はみんな首都にいます。他の国だと全員が集まるのは年に数回くらいしか不可能だけど、うちだともっと簡単に集まれます。というか、今も先輩隊員(隣のアパルトモン)の家でメールを書いてます。
 すみかは2部屋(6畳位)、キッチン(4畳半位)、リビング(10畳位)にバス・トイレ一緒の部屋です。
 政府提供の部屋でジブチ人は住んでいなくて、我々のような政府関係の要請でジブチに来た外国人だけが住んでます。中国人とかエジプト人なんかも住んでます。
 バスの床には傾斜がなく水はけは悪いです。あと台所の排水も悪くすぐ水が逆流してきます。トイレも壊れてて水洗だけど自動で水がたまらないです。シャワーは屋外のタンクが太陽熱で熱せられて勝手に温水になってます。
 あ、あと停電も割りと頻繁にあります。日に1回弱くらいかな。大体発電機があるけど、燃料がなくて切り替わらないこともあります。停電したら水も出なくなりますけど。
 また、1階なんで下水臭いです。廊下には猫がうろついていて、涼しい家の中への突入の機会を伺っています。

 蚊は思ったほど多くないんで、蚊帳を借りたけどまだ使ってません。一応、マラリアやデング熱の流行地域なんで、注意しないとダメなんですけど。

 ネットにはダイヤルアップで接続です。ただ、プロバイダ代が高いんでアカウントを隊員で共用しています。回線品質はあまり良くなくて、たまに回線が切れたり、プロバイダ内の機器がダウンしてるみたいでネットにつなげなかったりすることもありました。
 DSLによるブロードバンドもあるみたいだけど、バカ高いです。512kbpsでも月20万円以上するみたいです。

 あ、インフラは電気、ガス(プロパン)、水道、電話と一通りそろってます。固定電話は契約料・基本料金はJICA持ちです。が、まだ開通してません。家にジブチテレコムが家に来るはずだけど、いつ来るかわかんないし、そもそも来るといってもちゃんと来るか定かでなかったりします。ま、インシャラーの国ですから。
 あと、携帯電話も貸与されてます。これも基本料のみJICA持ちです。
 ただ、私に貸与された端末はなんか電池がすぐなくなってあまり使い物になってないですけど。

 食べ物は最近牛タンばっかり食べてます。別に贅沢をしているわけではなく、ここではニーズが少ないんで、安いんです。1枚300フラン(日本円で200円弱)です。でも、舌1枚単位で売ってるんで面倒です。舌の表面の組織(灰色のやつ)も付いたままです。
 が、最近やっと調理のこつを覚えました。冷凍して牛刀のような包丁で叩き切って、弱火で焼けばいいみたいです。
 ご飯は基本的に自炊してます。朝食はシリアルに牛乳をかけて食べてます。昼と晩は大体同じようなものを食べてます。ラーメンとかスパゲッティとか野菜の炒め物です。
 日本の食材は手に入らないです。中国製の醤油とかならありますが(それでも十分だけど)。野菜はまぁまぁあります。この前はイエメン産のオクラに醤油をかけて食べました。

 あ、JICA的な国の扱いとしては「アフリカ」として扱ってますけど、イスラム教国だからその独自の風習はありますね。左利きの私としてはかなり意識して握手や物を渡すときに右手でするようにしてます。
 トイレも自分の家は紙があるけど、職場には水洗便器の癖に自動で水は流れず、紙はなく、便座もなく、少量の水の入ったバケツとペットボトルを切って作った手桶を渡されただけでした。
 最初はマジで半泣きで、日本に帰ろうかと思うほどの衝撃でした。もちろん、手で拭いて手桶で水洗いしましたよ……。ただ右手で拭いて、そのあと右手で握手したのは極秘です。イスラム教では、左手がお尻を拭く手なんですけどね。

 街中を歩いていたら「ヒーホー(彼らにしたら中国語のニーハオのつもりらしい)」と声をかけられたときには、『俺は中国人じゃないぞ』と思いつつ、「ボンジュール」と返し、「シノア!(中国人)」といわれた日には「Je suis japonais!」と日本人であることを主張してます。
 あとは「アリババ!(泥棒の意)」と1日一回くらいは罵声を浴びたりもします。
 ま、アジア人は区別が付かないんで中国人と間違えられるのは仕方ないんですけどね。だから、「コンニチハ」とか「Japonais?」と言われたら嬉しくて返事をしますねぇ。ま、中国人と間違えられるとかどうかより、悪意を持って声をかけられるかそうでないかというのが重要な気がします。
 また、先輩隊員の話や報告書と私が街を歩いた印象を比べると、2001年にこの国に協力隊員が来た当初からは大分日本人は認知されてきているようです。
 物乞いも当然いるけど、ビタ一文渡しません。イスラム教では「勤勉」は美徳ではなく、労働は神が課した罰だという考えらしいけど、私は「働かざるもの食うべからず」を突き通します。

 というところで、住めば都なんてことはないです。2年後に活動が修了した暁には、この国には戻ってこないと思います、今のところの考えでは。

 あ、ちなみにこの国フランスの旧植民地なんでフランスの悪いところをことごとく引き継いでます。適当っぷりがその際たるものです。
 フランスでのトランジットで滞在したときにフランスの適当っぷりを痛感しました。JICA提供でCDG(シャルルドゴール空港)内にある高級ホテルであるシェラトンに泊まったとき、豪華は豪華だけどバスルームの排水を全く考えていないとこを見て感じました。あと、ジブチ行きの飛行機の搭乗手続きの際もたっぷり1時間待たされたあげく、希望の配席にならなかったときも思い知らされました。あと、カフェでお茶を頼んだらティーパックで出てきたときも、「あ、こいつらダメだな」と思いました。

 ということで、私はフランス語を学ぶものの中ではもっともフランスの事を好んでいない部類だと思います。
 ヨーロッパだったらお茶をおいしく飲めるイギリスか、ビールをおいしく飲めるベルギーかドイツに行きたいものです。あ、フランスも乳製品はおいしかったけど。

 ま、そういう感じです。

さらば大阪

 えーと、日記にはあーだこーだ書きつつ、こっちにも書いてみました(笑)。ホントはこーいう日々のネタは日記で書くんだけど。

 只今、大阪空港でチェックインやら手荷物検査をパスして(缶切りがいつものように引っ掛かったのはお約束…って国際線だと没収の可能性もあるけど)、あと出発まで30分程の時間を潰してます。

 さっき、メールを携帯から打ってて思ったこと。隊員の携帯宛てに出したら、エラーで返ってきたので、やっぱりみんないつもいたところから旅立ってるんだなと実感しました。

 しかし、待合室でパソコン使ってる人結構いるなぁ。なぜかDELLが多いし。

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